石川県内で車を走らせていると必ず目に入ってくるものがあります。春・夏には濃緑の苗が風になびき、秋は黄金色の穂が一面を埋め尽くす。季節によって姿を変える美しい田園風景が日常のすぐそばにあるのは地元民のちょっとした自慢です。

田んぼに囲まれ遠くには山を眺める、ゆったりとした空気が流れる白山市行町（あるきまち）で「北辰農産」が農業を始めたのは、今から約30年前。代表・舘喜洋さんの父親にあたる先代は、当時ではいち早く減農薬を始めました。

以来、一貫して安心・安全な米を提供するだけでなく自然環境や生物の保全にも力を入れた米作りに取り組んでおり、代表商品である農薬・化学肥料不使用の極上米コシヒカリ「金のかえる」や農薬・化学肥料減のミルキークイーン「銀のどじょう」、同じく農薬・化学肥料減のコシヒカリ「銀のとんぼ」などは子を持つ親世代を中心に人気を集めています。

「僕の代に変わってから、 地域の離農する農家さんの田んぼを受け入れをして少しずつ面積を拡大してきました。兼業農家さんの苗を作ったり、籾（もみ）を玄米にしたりと、他の農家さんとのつながりを大切に、互いに助け合いながら農業をするのがうちの特徴かな」と舘さん。

農業は地域や自然と切っても切り離せないもの。他農家や企業、行政とも連携し地域ぐるみで農業を営んでいます。

「北辰農産」を象徴するのが、2015年にオープンした直営ショップ「稲ほ舎」です。人と自然が共に育つ「田んぼの学校」をイメージしており、お米をはじめ無添加のかきもちやあられといった加工品を販売。

また、収穫祭や田植え体験会などのイベントを通じて田んぼや自然について学ぶ機会も作っており、生産者と消費者がつながる場所になっています。

繁忙期は休みがなく、体力勝負でキツいイメージを抱かれがちな農業。一方で「北辰農産」は一般企業と同じように働きやすい環境づくりを心がけ、毎年給与をアップ、ボーナスも支給しているほか、有給休暇も当たり前のように取得できます。

「一番の理由は、社員の皆さんに『ここで働いていて良かったな』と思ってもらうこと。自分たちの仕事に誇りを持っていただけたら嬉しいじゃないですか」と舘さん。「生産、加工、販売と、それぞれの仕事によって僕たちの農業は成り立っている。それぞれが協力し合って、働く人たちにとっても良い環境を作っていきたいですね」。

店を訪れたお客様と会話を楽しむ入社5年のスタッフ・中池さんに話を聞くと「子育て世代の同僚が多く、現在も2人育児休暇をとっているのですが、子どもが風邪をひいたり熱を出したりしたときも休みやすくて助かっています」と教えてくれました。

お米は個人の対面販売を中心に、飲食店や弁当メーカー、和菓子店に卸しているほか、近年では焼菓子店で米粉を採用されるなど販路が広がっています。

また、オーガニック給食を取り入れている地元の幼稚園で無農薬米が採用されており、今年は園児がお米を買いにやってきたり、生産者として給食に招待してもらったりする機会もあったそうで、「給食、めちゃくちゃおいしかったです」と笑顔を見せてくれました。

この仕事の醍醐味は「消費者から評価されるものを作っていることがちゃんと実感できること」。「北辰農産」には社員一人ひとりに向き合い、それぞれの意見に耳を傾け、変化を当たり前としてどんどん新しいことにチャレンジしていく昔からの社風があります。

最近、10年、20年後の将来を考えるようになったという舘さん。「僕たちがここに生きているのは白山の恵みがあるからこそ。この自然を次世代にどうやって受け継いでいくか考えたときに、日本の文化である米作りを主体として、地元の人や地域の学校、子どもたちとつながり、この地に暮らしていることを誇りに思えるような、そんな持続的な地域づくりをしていきたいと思ったんです」と語ります。

農業とは食べ物を生産するだけでなく、その土地の自然や生態系を守り、収穫や祭りなどを通じて人をつなぎ、そして変わらぬ景色を受け継いでいくこと。どんな未来を作っていくのか。そんなことを真剣に考えて行動に移したい人にこそ、農業という選択肢をお伝えしたいと思います。